奴隷解放宣言

プロフィール

初めて正社員になった会社で
パワハラ・リストラを経験。
以降、会社組織への不信感を強める。


副業で始めたネットビジネスで独立。


エクセルも使えなかったが
サラリーマン時代の数倍の収入を得られるように。


どこでも仕事ができる環境を活かし、現在はマレーシア在住。

サイト理念

当サイト、奴隷解放宣言は自分の意思に沿わない労働を余儀なくされているサラリーマン・派遣社員・契約社員・アルバイトに自由を与えることを目的にする。

その際に必須なのは、運に任せた一発逆転ではなく、再現性のある方法であること。

ごく限られた天才にしか行えない方法ではなく、再現性のある手法を用いることを誓う。

ただし、目標を達成できる手段があるにもかかわらず継続できなかったり、バイトやサラリーマンが仕事に臨むような真剣さに到底足りない程度の努力しかできない者には、どんな未来も開けないことは断っておく。

未来を望むのなら、それ相応の行動が必要なことを忘れてはならない。

これから先も奴隷として生きていくのに比べれば、はるかに小さな代償にすぎないのだから。

最低限の決意と行動が必要なことは、決して忘れてはならない。


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ジョホールバル移住

2011年02月13日

2月。実家のある埼玉では珍しく雪が降った。これから訪れる赤道近くの南国と明確にコントラストを付けるように、あたりにはうっすら雪が積もり、白い景色に染まっていた。

バッグひとつを持っての移住。これから暮らすマレーシア、ジョホールバルに訪れるのは初めてだ。住む家も決まっていない。向こうに着いてから探すことになる。

長年済んだ日本を去ること。6年ぶりとなる海外へ出ること。そして、そのまま海外で暮らすこと。いざ、そのタイミングが迫ると、不安が押し寄せてきた。

羽田空港からマレーシアの首都、クアラルンプールへ。着いてしまえば、もはや不安はない。これから始まる新しい日々への希望が、再びわきあがってくる。ダウンコートからTシャツ姿へと変わり、ジリジリと照りつける太陽を感じながら、この国で生きていくことを感じた。

クアラルンプールからは長距離鉄道でジョホールバルへ向かう。夜行列車で朝にジョホールバル入りすると、あらかじめ連絡を取っていた不動産業者からの紹介で、昼には移住先のコンドミニアムも決まった。








部屋のクリーニング等があったので、しばらくはホテル暮らしになったが、こうしてあっけなく海外移住生活はスタートした。

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